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Archive for 1 月, 2008

マインドマップ

1 月 19th, 2008
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仕事の量が増えてくると頭の中がプチパニックになることがありますよね。

整理して書き出すと何でもなかったりするのですが。。。

ただ箇条書きに書き出すのもいいのですが、マインドマップを使うともっとわかりやすくなります。

梅田の紀伊国屋をうろついている時に見つけたマインドマップの本です。↓

ザ・マインドマップ

この本を見つけた時は「こんなやり方があるんだ!」とびっくりしました。
何か複雑なプロジェクトを行う時でも、この方法を使えばすごくはっきり見えてくるようになります。
実際自分で仕事の整理をマインドマップですると、とても明確になり手を付けやすくなります。
マインドマップが何故分かりやすいのかは、多分だけど書き出したものが人間の脳の細胞の形に似ているからだと思っています。脳の中身をのぞき見るような感じなのでどこか親しみが沸くのだと思います。下の画像はあるwebサイトを作る時のマインドマップです。

仕事があれこれありパニックってる方はマインドマップを書いてみてはどうですか?

すっきりしまっせ!

会社経営

仏教超入門

1 月 12th, 2008
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今年は正月早々、「仏教「超」入門」という本を読みました。
特に、仏教徒に入門したい!というわけではありませんよ。

中学、高校ぐらいの頃は仏教=線香くさい、おじいさん、おばあさん というイメージしかなく、キリスト教の方がかっこいいやんぐらいにしか思っていなかったのですが、もう30も後半になってくると、仏教に対するイメージも随分と変わってきました。

というのも、2年ぐらい前から始めた朝、晩の瞑想を欠かさずにやっていると、インド発祥の仏教や瞑想について興味を持つようになりました。

瞑想を毎日欠かさずに行うと、こころに落ち着きが出て、世の中のことが良く分かるようになり、自分の周りでは不思議といいことが起こり、日々の行動がダイナミックに活動できるようになります。また人のこころの動きや、考えていることもよくわかるようになります。勘違いしないでくださいね。テレパシーのようなものが出るのではありませんよ。精神が研ぎ澄まされ活発になり、考えが冴えてくるという感じです。

科学的にも瞑想中は脳からα波(落ち着いた時に出る脳波)が出るというのは実証されています。

最近ではあまりありませんが、瞑想しはじめた頃は身体に起こる異変にびっくりしました。

異変といっても、痛いとかの苦痛ではなく、心地よい感覚です。

瞑想を考えたというか、見つけたというか誰なんだろう?って、どうやってだろう?っていつも考えていました。

さて本題に戻りますが、私が特に仏教に興味がある点はズバリ「煩悩」についてです。

人間の煩悩にはどういった種類のものがあるのだろうかというのを知るためでした。

人生を苦しめるのは「煩悩」であり、煩悩を克服すれば(まあ、煩悩を克服した状態を悟りを開いたということなのですが)苦しみが一切ない楽しい人生を送れるからと考えたからです。

人間の強烈な煩悩、いわゆる三毒と言われているものが「貪欲・怒り・愚痴」です。

例えば、相続する時に身内でもめることがあります。お互いが欲深いとほんともめますよね。

その結果、自分で苦しむんですよね。

怒りもそうです。人に対して怒った場合決していいことは起こらないと思います。その結果苦しむんですよね。

これは自分で考えた理論ですが、人間の行動を左右するのは心と頭の2つがあるということです。

頭脳で考えること以外に、心自体も思考回路を持っているということです。

心は目に見えないですが、体のどこかに宿っています。

よくテレビの不思議体験などで、心臓移植をした場合もともとその心臓を持っていた人の食べ物を好んで食べるようになったり、もともと心臓を持っていた人しか知らないような事を知ったりということがあります。

なので、心は身体のどこかに宿っているのです。

私たちが、外界から何らかの作用を受けた時まず最初に反応するのは心です。

瞬間的に怒りを覚えたり、欲望がむき出しになるのは心の作用ではないかと思います。

心は自制心がなく暴れるままになります。そこでその心の暴れるのを抑制するのが頭脳です。

頭脳は今までの経験などを整理し、学習しているのでいろんなデータを持っています。

ハードディスクにデータベースがあるので、危険を察知できます。

理性によって心を抑えるのです。理性的になれる人は、世の中の成り行きをよく理解出来ているということでしょう。煩悩というのは、心の暴れ具合でありそれを抑制できない時に苦痛がやって来るのだと考えています。

さて「仏教超入門」では、仏教の始まりに関しても書かれていました。

仏教と言うのは、もともと何千年も昔にインドにブッダという人物がいて、その弟子たちがブッダはこういう事を言っていたよねということをみんなで話合ってできたそうです。

ブッダが生前書物として書き残したものではないそうです。

ブッダは悟りを開きました。煩悩を克服したということです。

そして仏教で誤解されていることがあるのですが、人が亡くなったときに「成仏」ということばがあります。

仏になられたといいますが、もともと「成仏」とは「悟りを開く」ことだそうです。「涅槃(ねはん)」というのも悟りを開いた状態なのですが。人間は死ぬと極楽浄土に行き楽になり開放されるという昔の人の考えから、悟りを開く=楽になる、苦しみから解放されるので、死ぬ=成仏ということと同じ意味に取られたそうです。

悟りを開くのは尋常では無理な話だと思います。しかし人間を苦しめるものは何かということを知っているだけでも大きく違うと思います。仏教には人生を幸せに過ごすためにもいろんな教えがあります。

仏教徒にならなくとも、人々が何千年もかけて得た知識を理解するのは大変重要なことではないかと思います。

一度仏教に触れてみてはいかがでしょうか。

仏教「超」入門/白取 春彦

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